市場リスクの基礎とシステム実務

金利・為替・株価等の変動を、ポジション、時価、損益、感応度、限度管理、規制計測へつなげる

基準時点:2026年8月16日 対象:銀行の内部管理と日本の自己資本比率規制を中心に整理 作成:AddWisteria Lab

【本稿の対象と前提】

市場リスクとは、金利、為替、株価、商品価格、信用スプレッド(国債等に対する上乗せ金利)、 ボラティリティ(価格変動の大きさを表す指標)等の市場変数が動くことで、 資産・負債・オフバランス取引(貸借対照表上の資産・負債残高だけでは表れない契約)の価値または収益が変動し、損失が生じるリスクである。 本稿では、取引を保有してから日々の時価・損益を計算し、感応度、統計的計測、ストレステスト、限度枠で管理する流れを整理する。

内部管理と規制計測は同じではない。
銀行は、自己資本比率規制上の市場リスク計測へ含まれるか否かにかかわらず、実際に抱える市場変動リスクを内部管理する必要がある。 一方、規制上の市場リスク相当額は、告示が定める勘定区分、対象リスク、計測方式、集計ルールに従って算出する。

本稿は一般的な構造を示すものであり、個別銀行の内部モデル、限度枠、評価モデル、非公開の管理手法を示すものではない。 実際の算出・報告では、基準日時点の告示、金融庁Q&A、監督指針、会計基準、契約条件、内部規程を確認する必要がある。

1. 市場リスクとは

リスク・ファクターとは、取引や残高の価値を動かす市場変数である。 例えば固定利付債の価値は金利や信用スプレッドに、外貨建資産の円換算価値は外国為替相場に、 オプションの価値は原資産価格、ボラティリティ、金利、時間等に反応する。

内部管理の市場リスク

実際のポジションがどの市場変動に反応し、どの程度の損益・経済価値変動を生むかを把握し、経営体力と限度の範囲内に抑える。

会計上の時価・損益

会計区分、評価方法、実現・未実現、その他の包括利益等に従って財務諸表へ反映する。内部管理損益と完全には一致しない。

規制上の市場リスク

自己資本比率規制の対象範囲と計測方式に従い、市場リスク相当額およびリスク・アセットを算出する。

経営・資本との接続

収益目標だけでなく、リスクアペタイト(経営として受け入れるリスクの種類・量)、配賦資本、損失耐性、資金・流動性、ストレス時の対応余力と合わせて判断する。

金融庁の「主要行等向けの総合的な監督指針」は、市場リスクを市場のリスク・ファクター変動による価値・収益の変動と定義し、 自己資本へ算入されるか否かにかかわらず内部管理態勢を整備する必要があるとしている。 参照:主要行等向けの総合的な監督指針 III-2-3-3

2. 市場変動が損益へ伝わる仕組み

市場リスク管理の出発点は、「市場が動いた」ことと「損失が出た」ことの間を分解することである。 同じ金利上昇でも、固定利付債を保有しているか、金利スワップで固定金利を受けているか、 変動金利を受けているかによって、価値変動の方向と大きさは異なる。

  1. 市場が変動する。
    金利曲線、為替相場、株価、商品価格、信用スプレッド、ボラティリティ等が変化する。
  2. ポジションが反応する。
    商品条件、数量、売買方向、満期、通貨、オプション性に応じて価値が変化する。
  3. 再評価する。
    同じ評価モデルへ新しい市場データを投入し、現在価値・時価を再計算する。
  4. 損益と要因を求める。
    前日との差額を計算し、金利、為替、時間経過、新規取引等へ損益要因を分解する。
  5. リスク量と限度を確認する。
    感応度、統計的リスク量、ストレス損失、限度使用率等を計算する。
  6. 対応を判断する。
    ポジション削減、ヘッジ、限度変更、エスカレーション、継続保有等を決定する。
市場変動だけでなく、保有内容が必要である。
市場データだけでは損益は計算できない。取引条件、数量、売買方向、勘定、評価モデル、通貨、満期、オプション条件を結び付けて初めて、 市場変動がどのポジションへどのように伝わったかを説明できる。

3. 主なリスク・ファクター

代表的な市場リスク・ファクター
区分 主な市場変数 影響を受ける主な商品 主な管理軸
金利リスク 金利水準、期間別金利、金利曲線の傾き・形状、基準金利間の差 債券、貸出、預金、金利先物、金利スワップ、金利オプション 通貨、期間、参照金利、金利更改、金利が0.01パーセントポイント動いた場合の価値変化額(PV01・DV01)、非線形の価値変化(曲率)
外国為替リスク 通貨間の直物相場、先物相場、フォワード・ポイント 外貨建資産・負債、為替予約、FXスワップ、通貨オプション 通貨ペア、買い持ち・売り持ち、受渡日、原資産価格等への一次感応度、換算損益
株式リスク 個別株価、株価指数、配当見込み、株価ボラティリティ 株式、株価指数先物、株式オプション、転換商品 銘柄、業種、国・地域、指数、原資産価格への一次感応度、集中度
商品リスク エネルギー、金属、農産物等の直物・先物価格 商品先物、商品スワップ、商品オプション、商品連動商品 商品群、受渡地、限月、期近・期先、原資産価格への一次感応度、流動性
信用スプレッド・リスク 国債等に対する上乗せ金利、発行体・格付・業種別スプレッド 社債、証券化商品、クレジット・デリバティブ 発行体、格付、業種、期間、証券化区分、スプレッド感応度
ボラティリティ等 価格変動率、相関、関連する金利・価格・指数間の差、期間・行使価格別のボラティリティ形状 各種オプション、複合商品、異なる指標間をヘッジする取引 原資産、期間、行使価格、ボラティリティ感応度、非線形の価値変化、相関・指標間の差

一つの商品が一つのリスク・ファクターだけに反応するとは限らない。 例えば外貨建社債は、金利、信用スプレッド、外国為替、場合によってはオプション性へ同時に反応する。 商品分類とリスク分類を一対一の固定コードにせず、商品から複数のリスク・ファクターへ展開できる構造が必要である。

4. 商品・ポジション・勘定区分

4-1. 取引とポジション

ポジションとは、取引を積み上げた結果として保有する市場変動への持高である。 値上がりで利益となる方向をロング、値下がりで利益となる方向をショートという。 個別取引をそのまま見るだけでなく、通貨、銘柄、期間、リスク・ファクター、 トレーディング・デスク(明確な取引戦略の下でポジションを運営するトレーダー・勘定のまとまり)等の単位で集約する。

商品・残高 主な市場リスク 管理で必要となる主な条件
固定利付債 金利、信用スプレッド、為替(外貨建の場合) 額面、クーポン、満期、通貨、発行体、価格、利回り
為替予約・FXスワップ 為替、二通貨の金利、フォワード・ポイント 通貨ペア、売買方向、元本、約定相場、受渡日
株式・株価指数先物 個別株価、株価指数、為替(外貨建の場合) 銘柄・指数、数量、乗数、限月、取引所、通貨
金利スワップ 金利曲線、基準金利間の差、場合により為替 固定・変動の受払、想定元本、参照金利、期間、支払日
オプション 原資産価格、ボラティリティ、金利、時間、相関 コール・プット、行使価格、満期、原資産、権利行使方式
証券化商品等 金利、信用スプレッド、デフォルト、期限前償還、市場流動性 原資産、優先劣後、ウォーターフォール、格付、モデル前提

4-2. トレーディング勘定とバンキング勘定

トレーディング勘定は、短期の売買、価格変動からの利益獲得、顧客取引への対応等を目的とする取引を中心に管理する勘定である。 バンキング勘定は、貸出、預金、満期保有を含む資金運用・調達等を中心とする。 ただし、自己資本比率規制上の勘定区分は、会計上の保有目的区分や部門名だけで自動的に決まるものではなく、告示上の境界要件に従う。

IRRBBとの違い
IRRBB(Interest Rate Risk in the Banking Book、銀行勘定の金利リスク)は、バンキング勘定の金利変動が経済価値や金利収益へ与える影響を扱う。 自己資本比率規制上、市場リスク相当額の主な対象となるトレーディング勘定の金利リスクとは、計測枠組みを分けて理解する。 一方、バンキング勘定にある外国為替リスク・商品リスクは、規制上の市場リスク計測対象となり得る。

デリバティブには市場リスクだけでなく、取引相手が履行できない取引相手方信用リスクや、 相手方の信用力変化によって評価調整額が変動するCVA(Credit Valuation Adjustment、相手方の信用力を反映する評価調整)リスクもある。 同じ取引を元にしていても、市場リスク、取引相手方信用リスク、CVAリスクは別の目的・計算単位・ルールで管理する。

5. 時価評価と損益

時価評価は、基準日時点の市場データと評価モデルを使い、取引・ポジションの現在価値を求める処理である。 活発な市場の取引価格がある場合と、金利曲線、信用スプレッド、ボラティリティ面等を用いるモデル評価では、必要な統制が異なる。

市場データ

価格、金利曲線、為替相場、信用スプレッド、ボラティリティ、相関、配当、カレンダー等。観測時刻とデータ版を固定する。

評価モデル

商品キャッシュフローと市場データから価値を求める計算方法。モデルID、版、パラメータ、適用商品を管理する。

独立価格検証

フロント部門が用いる価格をそのまま採用せず、独立した部門が外部価格・代替価格・モデル入力等を確認する。

評価調整

市場価格の不確実性、流動性、モデル限界、決済・調達等を踏まえ、必要な評価調整を識別・計算する。

5-1. 損益を要因へ分ける

日次損益は、前日と当日の時価差だけでなく、新規取引、解約・満期、利息・配当、時間経過、手数料、 外貨換算、評価調整、モデル・市場データ変更等を含み得る。 どの損益を限度管理、会計、バックテスト(過去の予測値と実績損益を比較する検証)へ使うかを区別する。

損益区分 意味 主な用途
実損益 実際の取引活動等を反映する日次損益。手数料・評価調整等を含めるかは用途別に定義し、規制バックテスト用は告示の定義に従う。 経営・会計との照合、規制内部モデルのバックテスト(過去の予測値と実績損益を比較する検証)等。
仮想損益 前日末のポジションを固定し、当日の市場データで再評価した損益。 新規取引等の影響を除き、市場変動による損益を検証する。
リスク理論損益 リスク計測モデルへ取り込んだリスク・ファクターで説明される理論上の損益。 内部モデル方式の損益要因分析テスト等。
会計損益 会計基準、勘定科目、実現・未実現等に従う損益。 財務会計・管理会計・開示。

損益区分間の差額は異常とは限らない。重要なのは、差額を新規取引、手数料、金利収益、時間経過、評価調整、 為替換算、モデル差等へ分解し、説明できることである。

金融庁監督指針は、客観的な価格評価、価格評価モデルの前提・ロジックの検証、フロント部門算出価格の独立検証を着眼点としている。 参照:主要行等向けの総合的な監督指針 III-2-3-3-2

6. 感応度による計測

感応度とは、リスク・ファクターが小さく動いたときに、取引価値がどの程度変化するかを表す指標である。 ポジション金額だけでは分からない価格反応を、金利、為替、株価、ボラティリティ、期間等の軸へ分解する。

指標 平易な意味 主な対象 注意点
PV01・DV01 金利が1bp(ベーシス・ポイント、0.01パーセントポイント)動いたときの現在価値・価格の変化額。 債券、金利スワップ等 金利上昇・低下のどちらを正とするか、符号規約を明示する。
デルタ 原資産価格等が小さく動いたときの価値変化を一次近似する感応度。 株式、為替、商品、オプション等 大きな変動や強い非線形性では近似誤差が大きくなる。
ベガ 予想変動率であるインプライド・ボラティリティが動いたときのオプション価値の変化。 オプション、仕組商品 期間・行使価格ごとのボラティリティ面を区別する。
曲率 市場変数が大きく動いたときに、直線的なデルタだけでは表せない非線形の価値変化。 オプション、コール付債、複合商品 上昇・下落の両方向で評価する必要がある。
ベーシス感応度 似ているが同一ではない二つの金利・価格・指数の差が動く影響。 異なる参照金利、現物と先物、関連指数のヘッジ 表面上の相殺後にも残るリスクを見落とさない。
例1:金利感応度による一次近似

ある債券ポジションについて、「金利が1bp上昇すると時価が120,000円下がる」と定義した感応度が -120,000円/bpであるとする。金利が10bp上昇した場合の一次近似損益は次のとおりである。

-120,000円/bp × 10bp = -1,200,000円

これは小幅変動を直線で近似した値である。実際の損益には曲率、金利曲線の非平行移動、信用スプレッド、時間経過等も影響する。

例2:外貨ポジションの円換算損益

5,000,000米ドルのドル建資産を保有し、1米ドル=150円から145円へ円高が進んだとする。 単純化して他の要因を無視すると、円換算額は750,000,000円から725,000,000円へ減少する。

5,000,000米ドル ×(145円-150円)= -25,000,000円

為替予約等でヘッジしている場合は、現物とヘッジ取引の双方を同じ通貨・受渡日・評価基準で集約する。

7. VaRと期待ショートフォール

7-1. VaR

VaR(Value at Risk、バリュー・アット・リスク)とは、一定の保有期間と信頼水準の下で、 通常のモデル前提に基づき「損失がこの水準を超えない」と見込む損失閾値である。 例えば1日・99%VaRが8,000万円であれば、モデル上は約99%の確率で1日の損失が8,000万円以内に収まるという意味であり、 8,000万円が最大損失という意味ではない。

VaRは一つの数値に見えるが、観測期間、保有期間、信頼水準、計測手法、価格変動データ、相関、 ポジション基準時刻等によって結果が変わる。結果とともに計測条件を保存する。

7-2. 期待ショートフォール

ES(Expected Shortfall、期待ショートフォール)とは、VaRの閾値を超える厳しい損失領域に入った場合の平均損失を表す。 VaRが損失分布の境界を示すのに対し、ESは境界を超えた後の損失の深さを捉える。

単純化したESの考え方

閾値を超えた四つの損失が1億円、1億2,000万円、1億8,000万円、4億円であれば、 その平均は2億円である。実際のES計測では、定めた信頼水準、データ、保有期間、重み付け等に従う。

(100,000,000円+120,000,000円+180,000,000円+400,000,000円)÷ 4 = 200,000,000円

内部管理で使うVaR・ESと、自己資本比率規制の内部モデル方式で使うESは、目的・計測条件・承認要件が異なり得る。 名称だけで同じ結果として扱わず、計測目的、モデル版、対象範囲、基準日、規制区分を識別する。

金融庁監督指針は、VaRの観測期間、保有期間、信頼区間、計測手法、投入データを適切に選び、 統計的計測の限界を踏まえてストレステスト等を併用することを着眼点としている。 参照:主要行等向けの総合的な監督指針 III-2-3-3-2

8. ストレステスト

ストレステストは、通常の統計的計測では十分に表れない大幅な市場変動、相関関係の崩れ、 市場流動性の低下、集中ポジション等を想定し、損失と対応余力を確認する手法である。

ヒストリカル・シナリオ

過去の金融危機、急激な金利・為替変動、最大損失局面等を現在のポジションへ適用する。

仮想シナリオ

現在の経済・市場環境を踏まえ、金利、為替、株価、スプレッド等の組合せを独自に設定する。

リバース・ストレス

許容できない損失や限度超過を起点に、どの市場変動・ポジションの組合せで到達するかを逆算する。

流動性・集中ストレス

売買高減少、スプレッド拡大、ヘッジ不能、価格提示停止、集中ポジションの処分期間長期化等を織り込む。

  1. 目的を定める。
    日常管理、資本計画、限度見直し、緊急時対応等の用途を明確にする。
  2. シナリオを設定する。
    リスク・ファクター変動、相関、期間、流動性、前提条件を版管理する。
  3. ポジションを再評価する。
    単純感応度だけで足りない商品は、シナリオ後の市場データで再評価する。
  4. 損失と集中を分析する。
    部門、デスク、商品、通貨、期間、発行体等に分解し、主要因を特定する。
  5. 対応へつなげる。
    ヘッジ、ポジション削減、限度変更、資本・流動性確保、緊急時計画等を判断する。
ストレステストは、結果を計算して保存するだけでは不十分である。 経営陣が結果と前提を検証し、具体的なリスク削減・限度・資本・流動性の判断へ使える報告構造にする。
金融庁監督指針は、過去事例だけでなく複数の仮想シナリオ、資産間の相関関係が崩れる事態も検討し、 結果を経営判断へ活用することを着眼点としている。 参照:主要行等向けの総合的な監督指針 III-2-3-3-2

9. 限度管理と組織

市場リスク管理では、収益目標に合わせて無制限にリスクを取るのではなく、経営方針、自己資本、損失耐性、 市場流動性等を踏まえて限度枠を設定する。複数の指標を組み合わせ、単一指標の弱点を補う。

限度・基準 主な対象 補足
ポジション枠 想定元本、時価、外貨持高、銘柄・商品別持高 規模を直接制限するが、同額でも価格感応度は異なる。
感応度枠 PV01・DV01、デルタ、ベガ、期間別・通貨別感応度 どの市場変動へ反応するかを細かく制御できる。
リスク量限度 VaR、ES等 分散効果を含む総合値だが、モデル前提と限界を伴う。
損失限度 日次・月次・累計損失、ロスカット 損失顕在化後の対応基準であり、将来リスク指標と併用する。
ストレス限度 特定シナリオ下の損失 通常時の統計では表れにくい厳しい損失を制御する。
集中・流動性基準 銘柄、発行体、通貨、期間、市場シェア、処分期間 平時のヘッジ・売却可能性だけに依存しない。

9-1. フロント・ミドル・バック

フロント・オフィス

取引執行、顧客対応、ポジション運営、一次的な損益・限度確認を担う。

ミドル・オフィス

フロントから独立して、市場リスク計測、限度監視、損益・モデル・市場データの検証、経営報告を担う。

バック・オフィス

取引確認、決済、記帳、残高管理等を担い、フロント記録との照合を行う。

財務・モデル検証・監査等

会計損益、独立価格検証、モデル妥当性、規制計測、内部統制等を役割に応じて確認する。

9-2. 限度超過時の流れ

  1. 超過を検知する。
    正式超過、超過見込み、警戒水準、データ異常を区別する。
  2. 数値を検証する。
    取引、ポジション、市場データ、評価、限度版、集計単位を確認する。
  3. 速やかに報告する。
    定めた権限・経路に従い、超過額、原因、継続時間、影響を報告する。
  4. 対応を承認する。
    ポジション削減、ヘッジ、期限付き容認、限度変更等を権限者が判断する。
  5. 解消と再発防止を確認する。
    実行結果、解消時刻、損益、原因、統制改善を記録する。
金融庁監督指針は、フロント・バック・ミドルの役割と権限、ポジション枠・リスク限度・損失限度、 超過時の報告体制・権限を明確にすることを着眼点としている。 参照:主要行等向けの総合的な監督指針 III-2-3-3-2

10. 日次管理の基本順序

  1. 基準時刻と対象範囲を確定する。
    業務日、法人、拠点、デスク、ブック、通貨、締め時刻、休日を固定する。
  2. 取引とポジションを確定する。
    新規、取消、訂正、満期、権利行使、決済状況を反映し、フロント・バック間を照合する。
  3. 市場データを固定する。
    価格、金利曲線、為替、スプレッド、ボラティリティ等の観測時刻・品質・版を確定する。
  4. 時価と評価調整を計算する。
    承認済みモデルとパラメータを適用し、評価不能・古い価格・代替価格を識別する。
  5. 損益を計算・照合する。
    前日差、新規取引、時間経過、手数料、外貨換算、評価調整等へ分解する。
  6. 感応度・リスク量を計算する。
    期間別・通貨別感応度、VaR・ES、集中度等を計算する。
  7. ストレステストを行う。
    定例・臨時シナリオを適用し、主要損失要因と対応余力を確認する。
  8. 限度を判定する。
    警戒水準、超過、超過見込みを判定し、必要なエスカレーションを開始する。
  9. 報告・対応・証跡保存を行う。
    経営・管理部門へ要因付きで報告し、対応、承認、訂正、再処理を保存する。
取引、ポジション、市場データ、評価結果、損益、感応度、限度結果は、同じ基準日・締め時刻・データ版で接続する。 一部だけを後から差し替えると、時価とリスク量、損益と会計、限度使用率の間に説明できない差額が生じる。

11. 規制上の市場リスクとFRTB

FRTB(Fundamental Review of the Trading Book、トレーディング勘定の抜本的見直し)は、 世界金融危機で明らかになったトレーディング勘定のリスク捕捉や勘定間の境界等の弱点を踏まえ、 バーゼル銀行監督委員会が市場リスクの自己資本規制を見直した枠組みである。

日本のバーゼルIII最終化では、国際統一基準金融機関および内部モデルを採用する国内基準金融機関へ2024年3月31日から、 内部モデルを採用しない国内基準金融機関等へ2025年3月31日から適用されている。 経過措置を含む現行ルールは、算出基準日時点の告示・Q&Aを確認する。

11-1. 規制上の対象範囲

勘定 主な対象リスク 関連する別枠の計測
トレーディング勘定 デフォルト、金利、信用スプレッド、株式、外国為替、商品等のリスク 取引相手方信用リスク、CVAリスク等はそれぞれの枠組みで計測する。
バンキング勘定 外国為替リスク、商品リスク等 銀行勘定の金利リスクはIRRBBとして別に管理・開示する。

11-2. 三つの計測方式

標準的方式

告示所定の感応度、リスク・ウェイト、相関、デフォルト、残余リスク等を用いて市場リスク相当額を計算する。

内部モデル方式

当局承認を前提に、トレーディング・デスク単位の適格性、期待ショートフォール、モデル化可能性、検証結果等を用いる。

簡易的方式

告示上の適用条件を満たす場合に用いる方式であり、対象金融機関・取引・要件を基準日ごとに確認する。

方式をまたぐ管理

金融機関、連結子法人等、トレーディング・デスクについて、告示上どの方式を適用するかと承認・届出状態を保持し、対象の欠落・重複を防ぐ。

市場リスク管理上の全ポジションが、そのまま規制上の市場リスク相当額へ同じ方法で入るわけではない。 内部管理対象、会計対象、規制対象を別々に判定し、その差額を説明できるようにする。

12. 標準的方式

標準的方式の市場リスク相当額は、感応度方式、デフォルト・リスク・チャージ(突然の債務不履行による損失を捕捉する額)、 残余リスク・アドオン(複雑な原資産・損益条件等へ追加する額)の三つを中心に構成される。 単にポジションへ一律の掛目を乗じるのではなく、リスク・ファクター、 リスク・クラス(市場リスクの種類別グループ)、バケット(似た特徴を持つリスク・ファクターの小区分)、期間、感応度、相関等へ展開して集計する。

標準的方式 = 感応度方式 + デフォルト・リスク・チャージ + 残余リスク・アドオン

感応度方式

デルタ、ベガ、曲率を、金利、信用スプレッド、株式、商品、外国為替等のリスク・クラスへ展開して計算する。

デフォルト・リスク・チャージ

トレーディング勘定のデフォルト損失を捕捉する。ロング・ショート、債務者、格付、証券化等の区分が必要となる。

残余リスク・アドオン

標準的な感応度だけでは十分に捕捉しにくいエキゾチックな原資産やその他の残余リスクを対象とする。

相関とシナリオ

告示所定の相関や複数の相関シナリオを用いて集計するため、単純な感応度合計とは一致しない。

12-1. 標準的方式で必要となる主な展開

  • 取引からリスク・ファクター、リスク・クラス、バケット、期間帯へ展開する。
  • デルタ、ベガ、曲率を所定のショック・リスク・ウェイト・相関へ対応付ける。
  • 証券化・非証券化、相関取引ポートフォリオ等の区分を判定する。
  • デフォルト・リスクのグロスJTD(Jump-to-Default、直ちにデフォルトした場合の損失・利益)を計算する。
  • 残余リスク対象となる原資産・ペイオフを識別する。
  • 取引、デスク、法人、連結・単体の集計経路と重複排除を保存する。
標準的方式の感応度は、内部の日常限度管理で使う感応度と同じ名称でも、ショック、符号、通貨、期間、バケット、 評価モデル、集計ルールが異なり得る。共通の基礎データを使いつつ、規制用計算結果を別の計算目的として保持する。

13. 内部モデル方式

内部モデル方式は、金融機関が内部で用いる計測モデルを無条件に規制計算へ流用する方式ではない。 当局承認、トレーディング・デスク単位の適格性、モデル化可能性、バックテスト、損益要因分析テスト等の要件を満たす必要がある。

要素 平易な意味 システム上の主な管理対象
トレーディング・デスク 明確な事業戦略の下で取引を行うトレーダー・取引勘定のまとまり。 デスクID、責任者、戦略、対象商品、ブック、承認状態、有効期間。
期待ショートフォール 厳しい損失領域の平均を、ストレス期と流動性ホライズンを反映して計測する。 片側97.5%、10日間のベース・ホライズン、流動性ホライズン(ストレス下で解消・ヘッジする想定期間)、ストレス期間、モデル版。
流動性ホライズン ストレス下で市場価格へ重大な影響を与えず、ポジションを解消・ヘッジするまでの想定期間。 リスク・ファクター区分、10・20・40・60・120日、割当根拠。
モデル化可能性 十分な実取引価格の観測等があり、リスク・ファクターをモデル化できるかを判定する。 価格観測、観測日、情報源、実取引性、マッピング、判定結果。
モデル化不可能なリスク・ファクター モデル化可能性の要件を満たさず、別途ストレス損失を計測するリスク・ファクター。 判定理由、ストレス・シナリオ、損失、集計、例外・承認。
バックテスト VaRの予測損失と実損益・仮想損益を比較し、超過回数等からモデル性能を検証する。 全社は直近250営業日・99%VaR、デスクは直近250営業日・97.5%と99%VaR、損益版、超過日、原因、是正。
損益要因分析テスト リスク理論損益と仮想損益を比較し、リスクモデルが価格変動を十分に説明するかを検証する。 日次損益、差額、統計量、判定区分、デスク適格性、是正履歴。

規制上の期待ショートフォールは、片側97.5%の信頼水準、10日間のベース・ホライズン(基準となる期間)を用い、 リスク・ファクターに応じた10・20・40・60・120営業日の流動性ホライズンを反映する。 モデル化可能なリスク・ファクターの期待ショートフォールだけでなく、モデル化不可能なリスク・ファクターのストレス損失、 デフォルト・リスク等も含めて方式全体を構成する。

トレーディング・デスクがテスト要件を満たさなくなった場合、規制計測方式や所要自己資本へ影響し得る。 テスト結果を単なるモデル検証レポートにせず、デスク承認、方式選択、規制計算、報告へ連携する。
金融システム実務

14. システムで管理するデータ

市場リスクシステムでは、最終的なVaR、ES、ストレス損失、規制相当額だけでなく、 どの取引・ポジション・市場データ・評価モデル・ルールを使ったかを基準日時点で再現できることが重要である。

管理領域 主なデータ 主な判定・統制
組織・勘定 法人、拠点、部門、デスク、ブック、トレーディング・バンキング区分、連結・単体 規制境界、デスク承認、集計経路、内部取引を管理する。
取引・商品 取引ID、商品、売買方向、数量、想定元本、通貨、約定日、満期、キャッシュフロー、オプション条件 取消・訂正・満期・権利行使、対象商品、ライフサイクルを確定する。
ポジション 銘柄、通貨、期間、リスク・ファクター、ロング・ショート、グロス・ネット、保有口座 集計単位、相殺範囲、重複・欠落、集中を確認する。
市場データ 価格、金利曲線、為替、スプレッド、ボラティリティ、相関、観測時刻、情報源、品質状態 締め時刻、古い価格、欠損、外れ値、補完、データ版を管理する。
評価モデル モデルID・版、適用商品、パラメータ、曲線・面、評価調整、承認期間 承認済みモデル、適用条件、変更影響、独立検証を確認する。
時価・損益 現在価値、評価調整、実損益、仮想損益、リスク理論損益、会計損益、要因別損益 損益区分、通貨換算、前日差、差額要因を管理する。
感応度・リスク量 PV01・DV01、デルタ、ベガ、曲率、VaR、ES、ストレス損失、集中度 計測条件、対象範囲、モデル版、シナリオ版、集計軸を保存する。
限度・対応 限度額、警戒水準、使用額・率、超過、承認者、対応期限、解消結果 適用期間、権限、超過見込み、期限付き容認、エスカレーションを管理する。
FRTB リスク・クラス、バケット、期間、感応度、JTD、残余リスク、流動性ホライズン、モデル化可能性 方式、規制ルール版、デスク適格性、バックテスト、損益要因分析を管理する。
証跡 元データ版、処理回、例外、手修正、承認、再処理、レポート版 過去結果、変更前後、入力から報告までのデータ系譜を再現する。
商品名や会計科目だけでリスク・クラスを決めない。 同じ商品でも通貨、原資産、オプション性、勘定区分、取引目的、規制方式によって必要なリスク展開が異なる。
金融システム実務

15. システム間データ連携

市場リスク計測は、一つのシステムだけで完結しない。 取引管理、ポジション、参照データ、市場データ、評価、会計、限度管理、規制計算、経営報告等をつなぐ システム間データ連携が前提となる。

  1. 取引管理システム
    約定、商品条件、ライフサイクル、デスク・ブック、相手方等を連携する。
  2. 市場・参照データ基盤
    価格、曲線、ボラティリティ、カレンダー、商品・銘柄・組織マスターを連携する。
  3. ポジション・評価基盤
    取引を集約し、時価、キャッシュフロー、評価調整、感応度を計算する。
  4. リスク計測基盤
    VaR、ES、ストレス、集中度、FRTB計数等を計算する。
  5. 限度・ワークフロー
    限度使用、警戒、超過、承認、対応期限、解消状況を管理する。
  6. 会計・規制・経営報告
    会計損益、自己資本比率、開示、管理会計、経営報告へ結果と内訳を連携する。

15-1. 連携ごとに保持する識別情報

  • 送信元・受信先システム、インターフェースID、ファイル・メッセージID。
  • 元取引ID、元レコードID、法人、デスク、ブック、商品・銘柄ID。
  • 業務基準日、締め時刻、タイムゾーン、市場データ観測時刻。
  • データ版、モデル版、シナリオ版、規制ルール版、限度版。
  • 抽出・送信・受信・処理日時、件数、金額、処理状態、エラー理由。
  • 訂正元ID、取消・再送区分、再処理回、置換対象、承認情報。

15-2. 同じスナップショットで計算する

ポジションは前日版、市場データは当日版、限度は旧版というように基準がずれると、結果を再現できない。 取引・ポジション・市場データ・モデル・限度・規制ルールを一つの計算実行IDへ束ね、 どの組合せで時価、損益、感応度、リスク量、規制相当額を計算したかを保存する。

システム間データ連携では、件数一致だけでなく、取引金額、時価、通貨別ポジション、主要感応度、損益、 デスク別リスク量まで段階的に照合する。元データ訂正時は、影響する時価・損益・限度・規制計数・報告を追跡して再処理する。
金融システム実務

16. 照合・再処理・証跡

網羅性

全取引・ポジションが対象、対象外、保留のいずれかに分類され、未取込・重複が説明されていること。

正確性

数量、売買方向、通貨、満期、市場データ、モデル、感応度、限度が承認済みの値と一致すること。

整合性

フロント・バック、リスク・会計、内部管理・規制、日次・月次の差額を要因付きで説明できること。

再現性

基準日、元データ、モデル、シナリオ、ルール、手修正、承認、処理回から過去結果を再計算できること。

16-1. 主な照合点

照合 主な比較対象 主な差額要因
取引・ポジション照合 フロント、バック、決済、証券残高 未確認取引、取消・訂正、決済フェイル、締め時刻、口座移管。
時価・損益照合 フロント評価、独立評価、会計、リスク 市場データ、モデル、評価調整、手数料、時間経過、外貨換算。
感応度・リスク照合 取引別合計、デスク別、全社、前日、規制計算 集計軸、ショック、符号、バケット、相関、対象範囲、モデル版。
規制・開示照合 内部管理、市場リスク相当額、リスク・アセット、開示表 勘定境界、方式、対象外、経過措置、連結範囲、換算・丸め。

16-2. 再処理を結果上書きにしない

元取引、市場データ、モデル、ルールの訂正が生じた場合は、訂正前の結果を消さず、再処理回を追加する。 どの入力が変わり、時価、損益、感応度、VaR・ES、ストレス、限度、規制相当額、報告値がどの程度変わったかを保存する。

  • 元処理回と再処理回を関連付ける。
  • 変更された入力・モデル・ルールと変更理由を保存する。
  • 影響範囲を取引、デスク、法人、報告書まで追跡する。
  • 手修正には理由、承認者、有効期限、解除条件を持たせる。
  • 報告済み数値の訂正要否と再配布先を管理する。
金融庁監督指針は、大規模で複雑な銀行等について、グループ全体のリスクデータを正確・迅速に集計し、 取締役会等へ報告するIT基盤と態勢の整備を求めている。 参照:主要行等向けの総合的な監督指針 III-2-3-6

17. よくある論点

Q1. 市場価格が下がった取引は、すべて市場リスクだけを見ればよいか

そうではない。価格下落の原因が金利、信用スプレッド、流動性、発行体の信用悪化等にまたがることがある。 デリバティブでは取引相手方信用リスクやCVAリスク、資金調達・担保では流動性リスクも関係する。

Q2. 会計損益とリスク管理損益は一致しなければ誤りか

必ずしも誤りではない。会計区分、実現・未実現、評価調整、手数料、時間経過、締め時刻等が異なるためである。 差額を定義済みの要因へ分解し、未説明差額を管理する。

Q3. VaRは想定される最大損失か

最大損失ではない。VaRは一定の信頼水準における損失閾値であり、その閾値を超える損失は起こり得る。 期待ショートフォール、ストレステスト、損失限度、集中・流動性管理等を併用する。

Q4. ヘッジ取引があれば市場リスクはゼロになるか

通常はゼロとは限らない。原資産、通貨、期間、参照金利、価格形成、市場流動性、オプション性等が完全に一致しなければ、 ベーシス・リスク、曲率、相関、再ヘッジ、決済時差等が残る。

Q5. IRRBBは市場リスク相当額の一部か

銀行勘定の金利リスクは、市場変動リスクという広い意味では市場リスクに関係するが、 自己資本比率規制上は、主としてトレーディング勘定の金利リスクを扱う市場リスク相当額と別の枠組みで管理・開示する。

Q6. 標準的方式なら評価モデルや市場データ統制は不要か

不要ではない。標準的方式も、取引価値、感応度、リスク・ファクター、バケット、デフォルト損失等の計算に、 正確な取引条件、市場データ、評価モデル、分類ロジックを必要とする。

Q7. 内部モデル方式のESを内部のリスク限度へそのまま使えばよいか

目的を確認する必要がある。規制ESは所定の信頼水準、流動性ホライズン、ストレス期、適格性要件を伴う。 日常管理用の指標は、経営目的、保有期間、業務特性に合わせて設計し、規制値との関係を説明する。

Q8. 最終的な市場リスク相当額だけ保存すればよいか

不十分である。取引、ポジション、市場データ、モデル、感応度、リスク・クラス、方式、相関、 デスク適格性、例外、再処理等から最終値まで追跡できなければ、改正対応、当局報告、監査、障害復旧で再現できない。

主な参照資料

  1. 金融庁 主要行等向けの総合的な監督指針(III 主要行等監督上の評価項目) 市場リスク管理、統合リスク管理、リスクデータ集計・報告の主な着眼点。本稿基準時点で確認。
  2. 金融庁 自己資本比率規制等(バーゼル規制)について 現行告示、監督指針、Q&A、バーゼルIII最終化の適用時期の掲載ページ。
  3. 金融庁 銀行法第十四条の二の規定に基づき、銀行がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準 銀行向け自己資本比率告示の現行全体版(2026年5月22日更新)。第9章「マーケット・リスク」。本稿基準時点で確認。
  4. 金融庁 自己資本比率規制に関するQ&A(マーケット・リスク) 2022年11月30日公表分。
  5. 金融庁 自己資本比率規制に関するQ&A(マーケット・リスク)追加・修正 2024年3月22日公表分。
  6. 金融庁 自己資本比率規制(第1の柱・第3の柱)に関する告示の一部改正 2025年3月31日。市場リスクの経過措置等に関する改正を含む。
  7. Basel Committee on Banking Supervision Minimum capital requirements for market risk 2019年1月公表。FRTBの最低所要自己資本枠組み。
  8. Basel Committee on Banking Supervision Revisions to market risk disclosure requirements 2021年11月公表。市場リスク開示要件の改訂。
金融庁ウェブサイトに掲載される告示全体版は利便性のための資料であり、官報掲載の告示が正本である。 実務では、適用主体、連結・単体、計測方式、基準日、経過措置を確認する。