金融を「分かったつもり」にならないために ― 金融知識ページを作って考えたこと
AddWisteria Labのホームページに「金融知識」というページを作りました。
最初は、これまで仕事の中で調べたり、考えたりしてきたことを整理して載せてみよう、くらいの気持ちだったと思います。
自己資本比率規制、LCR、NSFR、レバレッジ比率。それだけではなく、預金・貸出、債券、レポ、外国為替、決済・清算、信託、ファンド、デリバティブなどについても、金融系SEが知っておいた方がいいことをまとめていきました。
でも、実際に文章にしてみると、思っていたよりずっと大変でした。
仕事では普通に使っている言葉でも、
- そもそも、これは何なんだろう?
- なぜこの扱いになるんだろう?
- 別の規制ではどう扱うんだろう?
と考え始めると、意外と簡単には説明できません。
金融について知識をまとめるというより、僕自身がもう一度金融を勉強し直しているような感じになりました。
条文を読んでも、すぐには分からない
金融規制を調べていて一番難しいと感じるのは、条文を読めば全部分かるわけではないことです。
もちろん、最終的な根拠は告示やQ&Aです。
でも、条文には基本的に「こう扱う」と書いてあります。
僕が知りたいのは、その一歩手前にある、「なぜ、そう扱うのか」です。
例えば、ある資産を流動資産として扱えるのか。ある資金流出に何%を掛けるのか。ある負債を安定調達としてどこまで認めるのか。
数字や条件だけを覚えることはできます。
ただ、「なぜそうなっているのか」が分からないままだと、少し違う取引が出てきたときに判断できません。
だから金融知識ページを作るときも、できるだけ、
制度の目的 → 仕組み → 個別の扱い → 実務ではどう見るか
という順番で考えるようにしました。
それでも、「これは本当にこの理解でいいのかな」と何度も考え直しています。
同じ取引なのに、見る規制によって姿が変わる
金融を整理していて面白いと思ったのが、同じ取引でも規制が変わると見方が変わることです。
例えば、ある債券を銀行が持っているとします。
自己資本比率規制なら、まず信用リスクなどを考える。
LCRなら、適格流動資産になるのか、30日以内の資金流出入にどう関係するのかを見る。
NSFRなら、その資産を保有するためにどれだけ安定した調達が必要なのかを見る。
レバレッジ比率なら、また別の角度からエクスポージャーを見る。
同じ債券なのに、規制によって見ているものが違います。
これは当たり前と言えば当たり前なのですが、システムを作る側にいると結構重要です。
「この商品はこの区分です」と一つの答えを持っておけば済むわけではありません。
何の目的で、その商品を見ているのか。
そこを間違えると、同じデータから全く違う答えを出してしまう可能性があります。
システムにしようとすると、曖昧な理解では済まなくなる
金融のことを理解するうえで、システム開発の経験は意外と役に立っていると思います。
文章なら、「一定の条件を満たす場合」で済ませることができます。
でもシステムでは済みません。
- 何の項目を見るのか
- どの時点のデータを使うのか
- 誰を相手先とするのか
- 残存期間はどの日付とどの日付で計算するのか
- 担保がある場合はどうするのか
- 複数の条件に該当したらどちらを優先するのか
全部決める必要があります。
例えば「ファンドへの出資」と言われても、それだけでは処理を決められません。
投資信託を購入しているのか。LPSのような組合へ出資しているのか。コミットメントだけなのか。キャピタルコールが来ているのか。もう払込済みなのか。
業務としては全部「ファンドへの出資」と呼ばれていたとしても、システムでは分けなければいけません。
こういうときに、「自分は本当にこの取引を理解しているのか」がはっきりします。
システムに落とせないということは、実はまだ理解が曖昧なのかもしれません。
「これは何?」より「なぜ?」の方が面白い
金融知識を作っていて、自分がよく考えているのは「なぜ?」だと気付きました。
「Tier2資本とは何か」も大事ですが、「なぜ残存期間が短くなると扱いが変わるのか」の方が気になります。
「キャピタルコールとは何か」だけでなく、「なぜ未使用コミットメントと、すでに請求された金額を分ける必要があるのか」が気になります。
「DVPとは何か」だけでなく、「なぜ証券と資金を同時に決済する必要があるのか」が気になります。
おそらく、仕組みそのものより、その仕組みが必要になった理由を理解したいのだと思います。
理由が分かると、細かいルールも覚えやすくなります。
そして、初めて見る取引でも、「この規制は何を防ごうとしているんだろう」と考えることで、ある程度方向を付けられるようになります。
自分の解釈を一度疑ってみる
もう一つ大事だと思っているのが、自分の理解を決めつけないことです。
長く同じ業務をやっていると、「これはこういうもの」と思ってしまうことがあります。
でも改めて資料を読むと、少し違っていたりします。
ある銀行のシステムではそう実装しているだけで、規制そのものがそう定めているとは限らない。
市場慣行としてよく使われている方法と、制度上必須の方法が同じとも限らない。
社内で使っている言葉と、市場全体で使われる言葉の意味が微妙に違うこともあります。
この区別は、金融システムを扱ううえではかなり重要だと思っています。
だから最近は、「これは規制上そうなのか、それとも実務上そうしているだけなのか」を意識して分けるようになりました。
金融知識ページでも、できるだけ特定のシステムや金融機関の仕様ではなく、公開資料から確認できる一般的な考え方を書くようにしています。
金融は、一つずつ知識を増やすだけでは足りないのかもしれない
金融には、本当にたくさんの制度や商品があります。
全部覚えることは難しいと思います。
僕自身、分からないことはまだたくさんあります。
ただ、金融知識ページを作っていて感じたのは、個別の知識を増やすこと以上に、それぞれがどうつながっているのかを理解することが大事なのではないかということです。
預金と貸出を知る。
債券を知る。
短期金融市場を知る。
決済を知る。
レポを知る。
デリバティブを知る。
そのうえで自己資本比率規制やLCR、NSFRを見ると、
ああ、だからこのデータが必要なのか。
とつながる瞬間があります。
逆に、規制を調べている途中で金融商品の仕組みが分からず、商品側へ戻ることもあります。
金融の知識は、一本道ではなく、いろいろなところがつながっているのだと思います。
金融知識ページは、自分のためでもある
ホームページに公開しているので、もちろん誰かの役に立てばうれしいです。
特に、金融系システムの仕事を始めた人が、「聞いたことはあるけれど、よく分からない」というときの入口になればいいなと思っています。
一方で、この金融知識ページは、かなり自分のためにもなっています。
人に説明できるように書こうとすると、自分が分かっていないところが見えてきます。
調べ直す。別の資料を見る。違う規制と比較する。「この説明では分からないな」と書き直す。
そうやって少しずつ整理してきました。
なので、金融知識ページは「僕が知っていることを教えるページ」というより、自分自身も疑問を持ちながら、金融というものを整理していくページなのかもしれません。
これからも、「これはどういう意味なんだろう」「なぜこうなるんだろう」と思ったことがあれば、調べて、考えて、少しずつ追加していこうと思っています。
金融については、分かったと思ったところから、また新しい疑問が出てきます。
でも、それが面白いところでもあるのだと思います。

